年に1回、夏に大学医学部の剣道部員達の間で行われる「医鷲旗大会」。
その大会では手にしたら外科の世界で大成すると言われている
「医鷲旗」を巡り、医学生が鎬を削りあっていた。そんな大会を前に、
二人の医学生・速水晃一と清川吾郎の物語は始まる。
「東城大の猛虎」と称される東城大学医学部剣道部主将の速水晃一は
授業をよくサボるが部活には熱心に取り組み、
前年に取り損ねた「医鷲旗」奪取に向けて部員達を
引っ張り稽古に励んでいた。一方、「帝華大の臥龍」と
称される帝華大学医学部剣道部員・清川吾郎は、
剣道の才能を持て余し部活をサボる日々を送っていたが、
顧問の高階との手合わせをきっかけに前年の大会で自分を負かした速水を
倒すため打倒東城大学を目指していく。
やがて責任感という鎖に縛られていた速水と、
才能という呪いにかかった清川がそれぞれの転機を迎えたとき、
速水と清川の両雄が医鷲旗大会で雌雄を決しようとしていた。
p76 素質のかたまりではあるが、天才ではない」
「何ですか、それ。からかっていらっしゃるんですか」
いちやもんをつけられた気がしてむっとした。どうやら僕にも悪い酒が人ってしまったようだ。
高階顧問は.穏やかに続けた。
「いいかい,滑川君.素質と才能は違うんだ.この世の中には,素質があるヤツなんて、
実は大勢いる.河原の石くらいごろごろしている。才能とは,素質を磨く能力だ。
素質と才能,このふたつを持ち合わせている人間は少ない。
素質と才能の違い,それは努力する能力の差なんだよ」
いきなり自分の核心を衝かれた気がして、僕は黙りこむ。高階顧問は続ける.
「清川肴の素質は素婿らしい。ほんのちよっと磨くだけであたかも才能に見えてしまうくらい、
膨大な埋蔵量を誇っている鉱脈だ。だがダイヤモンドが輝くのは磨きこまれるからだ。
どうやら君には、二予本の素振りさえ,研磨作業の人口にもならなかったようだね。
まあ.それはそれですごいことだが」
僕はどういう表情をすればいいか.本気で悩む.
褒められているのか。それなら謙遜すればいい.貶されているのだろうか。
それなら自分に対する不当な評価に決然と怒ってみせなければならない.
その時.僕は悟った。高陪顧悶は今の僕について、否定的な部分も肯定的に述べてくれたのだ。
そして図吊を指された硬は身動きが取れなくなったのだ、と。
高階顧問はぽつりと言つた。
「あり余る素質の、豊饒な海の中では、さぞかし息苦しいだろうね。」
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